神仏は妄想である557

慧遠は、廬山が秀でるように、中国仏教界から、浄土宗始祖と尊ばれた。 その念仏結社は、僧俗の秀逸が多かったと言う。その影響は、大きく、確かに、中国浄土教史の初期に特記されている。 しかし、その結社が、般舟三昧経に依る限り、日本の浄土諸宗のような、他力本願でもなく、衆生をすべて救うという、全人類の救済を目指す、浄土往生教でもない。 それは、選ばれた賢人隠者の宗教である。 かつて、全人類を救う…

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神仏は妄想である556

中国浄土教の成立を俯瞰すれば、日本の仏教が、いかに誤っているかが、解る。 だが、中国仏教が正しいという訳ではない。その、迷いの転変を言う。 中国浄土教の始祖とされるのは、慧遠である。 1268年、浙江省の僧、志磐が著した、仏祖統紀54巻は、中国僧がまとめた、仏教史である。その第26巻に、浄土立教志がある。それによると、浄土教の七祖を列挙している。 七祖の間には、教義上の師弟関係はなく、浄…

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神仏は妄想である555

中国仏教の、浄土教を俯瞰している。 クラマジューバは、道安没後の長安に、国師として迎えられ、後泰の国家事業として、多数の天下の学僧を集めて、大乗仏典翻訳と、講義の事業は、中国が大乗の国に進む方向を決定した。 日本をはじめ、朝鮮、極東漢訳仏教圏を、南方仏教と異なる、大乗仏教の国として、同時に、浄土教的思想信仰を、濃厚に浸透させた。 南方仏教とは、小乗仏教である。しかし、現在から見ると、仏陀の…

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