神仏は妄想である565

道綽の人生は、言語に絶する、苦難の遍歴があった。 戦争と飢饉の中に、かろうじて生きながらえ、出家しても、たちまち亡国の僧となり、その上に、征服皇帝から、厳しい廃仏毀釈を受けて、寺を追われなければならなかった。 その苦難の人生をなめ尽くした後に、到達したのが、浄土信仰であった。 研究家は、戦争・亡国・廃仏下に流浪した彼は、彼の周囲にともどもに苦しみ悩み生きているきのどくな無知な庶民・難民の上…

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神仏は妄想である564

その昔、仏陀が在世中の頃は、その弟子となり、修養すれば、絶えざる仏の導きも、励ましもあり、優れた賢者たちの協力もあって、困難でも、不退転位に進む望みがあった。 しかし、仏陀が涅槃に入り、今は、この人間社会に仏はいない。無仏の社会に生活する人間は、群がる欲望の賊の誘惑に溺れ苦しみ、生きている。 だが、仏道は、すべての時と人に、平等に開かれている。無仏の世に、不退転を得る環境は、いかにして得られ…

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神仏は妄想である563

曇鸞は、北インド僧、菩提流支が訳した、世親著、無量寿経優婆提舎願生ゲ、むりょうじゅきょう ユバダイシャガンショウゲ、すなわち、浄土論を注釈した、主著以下、三書を学ぶ。 曇鸞が、浄土信仰へ回心以前に、四論、羅什が伝えて訳し、宣布した、龍樹系の研究者であり、その弟子、僧肇の思想を学んでいた。 つまり、曇鸞の著、往生論註、略論安楽浄土義を読むと、それらが、四論と、僧肇の教学を基本として、阿弥陀仏と…

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