生きるに意味などない185

イスラーム本来の宗教的コンテクストでは、「現象以前」は、この場合、言うまでもなく神である。現象的世界は、もともと、神の創造によって生起したものだが、創造主そのものの姿は、現象的事物・事象のかげに隠れて、人間の目には見えない。それを、宗教的に、神の絶対不可知性という。筒井 ここでは、その神の議論は、しない。絶対不可知性、など、説明するのも、馬鹿らしい。 だが、東洋思想には、至る所に、その考え方…

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生きるに意味などない184

勿論、どんな言語でも、それが人間言語であるかぎりにおいては、他のすべての言語と共通する多くの基本的属性をもっている。また、意味生産的想像力のあり方の違いにしても、それが特にはっきり出てくるのはミクロ的見方をした場合のことであって、マクロ的視野においては、それほど甚だしい相違を示さないことも少なくない。近代ヨーロッパ諸語のように同族の言語は勿論のこと、語族を異にする言語においても、マクロ的には、意…

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生きるに意味などない183

ジームソンの主著の標題をなす「言語の獄屋」という表現は、文化の本質的(否定的)側面を見事に描き出す。第一次的存在分節から第二次的存在分節への転移は、まさに言語を生起するものだからである。いまここで問題にしている第二次的存在分節とは、要するに、言語的意味表象の鋳型を通じて存在のカオスを様々に区切り、そこに成立する意味的分節単位の秩序として、第二次的に「世界」を組み立てることにほかならない。言語こそ…

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