生きるに意味などない170

生きる意味意識を求めている、人間の有様を見ている。 その、意味意識とは、ラテン語では、ボルンタスであり、それが、ボランティアという言葉になった。ボランティアとは、奉仕する、支援する等々の意味がある。 ボランティア行為には、生きる意味意識という意義があると言われると、分かったような、つもりになる。 その、利他的行為も、本当は、利己的行為なのであるという、学問がある。倫理進化学である。 別エ…

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生きるに意味などない169

このような意味で主体性を極限まで探究するために、東洋哲学の主要な学派は、それぞれ独自の組織的な方法を案出しました。中国的表現で言えば、「道」であります。ひと口に「道」といっても、具体的には、勿論、名称も形態も様々です。例えば、インド思想のほとんどすべての学派に共通なヨーガ、大乗仏教の止観、禅仏教の坐禅、老荘の坐忘、宋代儒教の静座、イスラームの唱名、ジクル、ユダヤ教の文字・数字観想など、主なものだ…

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生きるに意味などない168

目下急速に進行中の「地球社会化」プロセスの圧力のもと、巨大なテクノロジー的機構のなかで一様化され平均化された生き方を余儀なくされている現代的人間の経験しつつある深刻な実存的危機として、自己疎外、自己喪失というものがあることを、私は先に指摘いたしました。自己喪失ーーーそれこそまさに、近代化生活の特徴をなす科学技術的「機械」の部品として、日ごとに均一化されていく生活を送ることを強いられる人間が、自分…

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