生きるに意味などない175

私はユングにならって「自己」と「自我」とを区別する考え方を導入しました。この区別をここで憶い返してみますなら、先ほどご説明いたしましたような形で「無」と「有」のあいだ、つまり無分節と有分節とのあいだ、を往還する多層多重的意識構造の全部を、観想的に一挙に自覚した主体性が、すなわち東洋思想の考える「自己」であるということがおわかりいただけたのではないかと思います。筒井 「自己」セルフ、「自我」エゴ…

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生きるに意味などない174

それからもう一つ、このような姿で眺められた存在世界では、いわゆる「事物」は、正確には、もう事物ではないということに注意しなければなりません。筒井 以下は、私が簡略に書く。 つまり、観想体験を経た人の目から見ると、一つ一つが、存在の出来事、プロセスなのだ。 それらは、ただの、現象的幻幻影に過ぎないと言う。 物質だけではありません。全体的に見れば、この世界に存在すると考えられる事物は、すべて…

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生きるに意味などない173

ただ今、筒井俊彦氏の、意味の深みへ、という著作を見ている。 その第一の、人間存在と現代的状況と東洋哲学である。 そして、「無」という言葉に行き着いた。 そして、これらの東洋思想の伝統では、これが観想の往道の終点、還道の始点と考えられています。すなわち、長い観想修行の道が「無」に至って終局に達する。が、人はそれを始点としてまたもとの道を辿り、再び日常的意識の世界に戻ってくる。筒井 どうも、…

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