国を愛して何が悪い252

ところで外来文化の受容、摂取の過程で、「日本人好み」といったものがあらわれてくるのは当然である。中国の何に陶酔し熱狂したのか。絵画について言うならば、禅林と武家にはおびただしい仏画、禅機図、水墨画等が蔵されていたであろうが、禅関係のなかでは、やはり達磨と布袋と寒山拾得の図が筆頭であろう。亀井 南宋から元にかけて生存していた禅僧画家、牧谿が日本人の間に、長い間に渡り、心酔した様子である。 とこ…

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国を愛して何が悪い251

遣唐使の廃止されたのは、寛平五年、893年、続いて中国は五代となる。通行は、一時空白状態になるが、11世紀初期から、平清盛の時代にかけて、北宋との貿易は、熱心に開始された。 続いて、南宋、1127年ー1270年、元、1271年ー1367年、そして、明、1368年ー1615年に渡り、日中貿易は、政府間、あるいは民間を通じて、継続する。 日本では、中国の王朝が変わっても、かの国の物を、唐物と言っ…

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国を愛して何が悪い250

今、雪舟を見ている。 禅の自然観は一見「汎神論」のようにみえる。・・・ 森羅万象、すべての自然裡に仏音を聞き、仏体を感受するというこの境地に入れば、絵筆を握ること即ちそのまま仏道に参入することと解される。私の言う「密教型思考」がここに生じやすい無拘束性を戒めたのはやはり道元であった。亀井 ここで注意すべきは、仏音とか、仏体を甘受するという言葉である。これは、私の言い方をすれば、妄想である。…

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