死ぬ義務55

さて、死後の世界が、存在するか、しないか、という、馬鹿げた議論はしないことだ。 そんなことは、死ねば、解ること。 それより、どう生きるかを、考える。そして、死ぬ時期を決めることが、重要である。 死ぬ時期は、誰も、予想が出来ない。今、死ぬ、明日、死ぬ、十日後に死ぬ・・・ それで、賢い人は、死ぬ時期を想定して、生きる。あるいは、死ぬ時期を決める。中世の日本人は、死ぬ時期を決めて、それに向かっ…

続きを読む

死ぬ義務54

シェリー・ケーガンの、「死」とは何か、という書籍を読んでいる。 ここで、あまりにも、饒舌なので、彼の、「死が悪い」ということについての、結論を見る。 だから、私が剥奪説を持ち出して、死について悪いことのうちで中心的な問題は、人生における良いことを剥奪されるという事実だと言うときには、剥奪説に関しては何から何まで明瞭で申し分ないと主張するつもりはない。なぜ死が悪いことでありうるかについては、、…

続きを読む

死ぬ義務53

ここからは、倫理的な疑問や価値判断にかかわる疑問に目を向け、死は終わりであるという(やや単純化された)結論に照らして、それらを詳しく調べてみたい。たとえば、死は悪いと誰もが信じている。だが、なぜ死は悪いのか?どうして死が悪いということがありうるのか?そして、もし死が悪いとすれば、じつは私たちは永遠に生きるほうが良いのか?ほどなくわかるように、ここでも答えに困るような問題はたっぷりあるので、それを…

続きを読む