死ぬ義務56

それでは、再度、安楽死の論理と倫理に戻る。 次は、厭苦死である。 つまり、痛みという苦しみから逃れるための、死である。それは、身体的苦痛である。 身体的苦痛とは、疼痛、呼吸困難、痒み、烈しくとも、短い発作性のもの、持続して、じわじわと心身を消耗するもの、ひりつくもの、うずくもの、刺すようなもの、えぐるようなもの。難病特有の苦痛もある。 そして、その痛みは、心理反応として、主観的なものであ…

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死ぬ義務55

さて、死後の世界が、存在するか、しないか、という、馬鹿げた議論はしないことだ。 そんなことは、死ねば、解ること。 それより、どう生きるかを、考える。そして、死ぬ時期を決めることが、重要である。 死ぬ時期は、誰も、予想が出来ない。今、死ぬ、明日、死ぬ、十日後に死ぬ・・・ それで、賢い人は、死ぬ時期を想定して、生きる。あるいは、死ぬ時期を決める。中世の日本人は、死ぬ時期を決めて、それに向かっ…

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死ぬ義務55

さて、死後の世界が、存在するか、しないか、という、馬鹿げた議論はしないことだ。 そんなことは、死ねば、解ること。 それより、どう生きるかを、考える。そして、死ぬ時期を決めることが、重要である。 死ぬ時期は、誰も、予想が出来ない。今、死ぬ、明日、死ぬ、十日後に死ぬ・・・ それで、賢い人は、死ぬ時期を想定して、生きる。あるいは、死ぬ時期を決める。中世の日本人は、死ぬ時期を決めて、それに向かっ…

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