死ぬ義務54

シェリー・ケーガンの、「死」とは何か、という書籍を読んでいる。 ここで、あまりにも、饒舌なので、彼の、「死が悪い」ということについての、結論を見る。 だから、私が剥奪説を持ち出して、死について悪いことのうちで中心的な問題は、人生における良いことを剥奪されるという事実だと言うときには、剥奪説に関しては何から何まで明瞭で申し分ないと主張するつもりはない。なぜ死が悪いことでありうるかについては、、…

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死ぬ義務53

ここからは、倫理的な疑問や価値判断にかかわる疑問に目を向け、死は終わりであるという(やや単純化された)結論に照らして、それらを詳しく調べてみたい。たとえば、死は悪いと誰もが信じている。だが、なぜ死は悪いのか?どうして死が悪いということがありうるのか?そして、もし死が悪いとすれば、じつは私たちは永遠に生きるほうが良いのか?ほどなくわかるように、ここでも答えに困るような問題はたっぷりあるので、それを…

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死ぬ義務52

結局、自分自身の死は想像しようがなく、想像しようとするたびに、自分が傍観者として本当は生き延びていることが見て取れる。従って、精神分析の学派では、あえて断言できるだろう。心の奥底では誰一人死ぬとは信じていない、と。同じことなのだが、無意識の中で、私たちの誰もが自分は不滅だと確信している。フロイト と、一時期までは、このフロイト説が、もてはやされた。そこで、シェリー・ケーガン氏の反論である。 …

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