国を愛して何が悪い265

室町時代は、現代の商品経済社会の、始期であるという、事実には、驚く。 そして、それまでの、身分制度が、根底から、揺らいだ時期でもあるとの、指摘である。 室町時代は、古いものと、新しいものとが、交錯して、無秩序に見える。が、それが、他の時代との、違いである。 漠然としている、時代性である。だから、見えにくいと思われる。 全国を覆う、そして、国外にまで広がる、商品流通の時代は、律令国家以来の…

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国を愛して何が悪い264

室町時代とは、祇園会山鉾巡礼の成立と、大文字送り火の成立時期にはさまった一世紀、十五世紀の時代をいうのである。それは南北両朝がようやく合一して、一世紀を通じて戦われた南北朝動乱が終息した三代将軍足利義満の治世から、義持、義教を経て、八代将軍吉正御台所富子までの時代、金閣から銀閣までの間、それが室町時代であった。脇田晴子 室町時代 上記の定義で、話を進める。 更に、早島大祐著、室町幕府論、から…

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国を愛して何が悪い263

それでは、法然の言葉。 疑いながらも念仏すれば、往生す。 法然の信仰と、決定、けつじょう、である。西行のようではなく、決定したのである。 確実に彼の言葉かどうか文献的には不明だが、彼と同朋同行とのあいだの対話のうちに形成された言葉としてみればさらに尊い。「疑いながらも」といったときの「疑い」の深さをその時代に即して考えてみる必要がある。当時の人々の空虚感とは、南都北嶺の壮大な大寺院が、魂の…

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