国を愛して何が悪い210

日蓮の考えた末法の世とは、折伏の時機であった。摂受ではもはやまにあわぬとみたところに、彼の危機感があったということである。法華経を護るため、折伏の必要と必然性をあきらかにしようとしている点に、きわだって特徴がみられる。亀井 つまり、危機意識である。危機意識を持つ、時代であり、事態であった。 五戒を受けざれども正法を護るをもって乃ち大乗と名づく。正法を護る者はまさに刀剣器杖を執持すべし。刀杖を…

続きを読む

国を愛して何が悪い209

道元は「見捨てられた」自己というものを赦さない。凡夫だから修行不可能という考え方をみとめない。彼が末法思想を否定したところにそれが端的にあらわれている。亀井 源信以来の、浄土教の根底には、必ず、「末法の世」「濁世」という、思想があり、王朝末期から、鎌倉時代に渡り、社会観を形成していた。 自力修行の限りを尽くしても、どうにもならないという、絶望感を伴っていた。内乱と、乱世の然らしめるところだが…

続きを読む

日々の言い分302

莫大な中国人が他国に旅行に行って、執拗に「アリペイを使いたい、ウィーチャットペイを使いたい」と言って、次々と店にアリペイやウィーチャットペイを取り入れさせている。そして、アリペイやウィーチャットペイを定着させている。中国人個人は、ただ単に「便利だからそうやっている」のかもしれない。しかし、この2社のバックに中国政府があると考えると、アリペイとウィーチャットペイが広がるように「中国政府が巧みにそう…

続きを読む