国を愛して何が悪い263
それでは、法然の言葉。
疑いながらも念仏すれば、往生す。
法然の信仰と、決定、けつじょう、である。西行のようではなく、決定したのである。
確実に彼の言葉かどうか文献的には不明だが、彼と同朋同行とのあいだの対話のうちに形成された言葉としてみればさらに尊い。「疑いながらも」といったときの「疑い」の深さをその時代に即して考えてみる必要がある。当時の人々の空虚感とは、南都北嶺の壮大な大寺院が、魂の…
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